東南アジア視察旅行にて
38歳の頃

りんごの移出は大阪・関西に2年間で5万箱を出荷していました。しかし、その出荷量の為大損をすることになってしまいます。裸一貫で再起し、得意先を北海道から九州までに広げ、出荷数も10万箱以上になるまで頑張る事が出来ました。

温泉が沸く

 仲買から30歳で独立し問屋になりました。りんごの出荷数が増えるにしたがい従業員の数も増え、200人という多くの従業員をかかえるようになっていました。
 まだ軍手など無い頃でしたので、寒い時期のりんごの箱詰めは結構大変で、冷えた手を吐く息で温める、そんな事の繰り返しの作業でした。それを見るにつれ、従業員達を仕事帰りに温泉に入れてやりたいと思うようになったのです。また、お世話になっているご近所の方々への恩返しの気持ちもありました。思いは日々強くなるばかりでした。
 「絶対に出る!」そう度胸を決めて温泉の掘削を始めました。しかし、その直後娘婿がりんご運搬中に交通事故に遭い死亡、次男も意識不明の重体という惨事が起きてしまったのです。心の痛手と悲しみはどうする事もできませんでした。
 毎日、掘削現場に立ちもし湯が出なかったら…と迷いもありました。そんな私に「いつまでも悲しみに沈んでいたら、娘婿に申し訳ないよ」と家内が声をかけてくれました。やがて次男も奇跡的に回復し、気を取り直した頃水が吹き出したのです。しかし、何分待っても何時間待っても水ばかりでした。あきらめきれず、夜通し現場へ足を運びました。そして、冷たかった水がしだいに温かくなり、夜明けの頃には51度の熱い湯が出たのです。「湯が湧いたぞ!」嬉しさいっぱいで家族の元へ走りました。
 世話になった方や、より多くの人たちに感謝の気持ちを伝えたい、そんな気持ちから「アップルランド南田温泉」を開業することにしました。


商売ができる喜びにいつも感謝しています。お世話になった方々、地域の皆様にも感謝。そして毎日一生懸命生きています。

毎月28日を「甚八の日」にしたらどうだろうと孫から提案がありました。お客様に喜んでもらえるよう様々な企画を提案してみました。今では甚八の日を楽しみにしているお客様が1000人も訪れてくれるまでになりました。まだまだボケてはいられません。100歳まで現役で頑張ります。

りんご一筋に頑張ってきました。一代で築き上げた、アップルランド南田温泉は東北有数の保養施設に成長させる事が出来ました。お客様に心から感謝し、喜んでいただける事を第一に考え、精進してまいりたいと思います。


人がやらない事をやってみたい

 平賀という小さな町から、りんごと一緒に世界を目指して歩んできた90年は波乱万丈だった。良い事ばかりではなかったが、常に“勇気・決断・思いやり”を信条とし、お金の無い時でも地域への社会奉仕を続けてきた。どんな商売も難しいし、りんごではなく生きた人間を相手にするのはもっと大変。でも、仕事に対するチャレンジは忘れちゃいけない、お金を有利に上手に使えばちゃんと仕事(人)もついてくる。
 いつでも、どんな事にでも関心を持ち、常に考える事が大事!前へ前へと進む事が大事!やれば出来る。まだまだ人に喜んでもらう事をしたい、人がやらない事をやってみたいんだよ!

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 現在90歳になる葛西甚八会長に元気の秘密を聞いてみました。「酒・たばこをやらない事と、最近始めたたくさんの温野菜と、一日一個のりんごを毎朝食べる事」だそうです。すごく体調に良いそうです。そしてダンスと歌を歌う事だとか。若い人とも、もっと語り合いたいし、学びに来てもほしいそうです。いつまでも現役でいる事が若さの源かもしれませんね。


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